福島の工芸から感じるもの(研修2日目)

2017年2月25日

だるま製造

思いやりとチャレンジ精神に溢れる東北のモノづくり。

半纏(法被)、浴衣、手拭、鯉口シャツ、股引などの祭衣装、和服のオーダーメイド、
伝統芸能の衣装オリジナル製作、修理を通じ、日本の祭りを支える染物屋でありたい…
京屋染物店の蜂谷悠介です。

京屋染物店も所属する「いわて県南エリア伝統工芸協議会」では、毎年1月~3月に視察研修会を開催しています。今年の視察先は、福島県の会津と白河。福島の伝統工芸の魅力と取り組みを学ぶため京屋から私も含めて5名の仲間と参加させて頂きました。
今回は、その2日目の様子をお伝えします。(1日目の様子はこちらです

白河の伝統工芸から学ぶ

1日目の会津研修での興奮冷めやらぬまま、2日目の白河では、だるまの製造元、東日本大震災で被災し白河に工房を移した大堀相馬焼の窯元などを視察させていただきました。ここでも日本の文化の良さを感じることが出来たと同時に、「残さなければ!」という使命感も改めて感じました。

・渡辺だるま屋(白河)
まず、最初に訪問させて頂いたのは、白河だるまを作っている渡辺だるま屋さん。
白河だるまの歴史は約300年。渡辺だるまさんも白河だるまを作り続け、地元の方々に愛されてきた会社です。
白河だるまは寛政の改革で有名な松平定信公の「市民の生活をより元気に」という想いから幸運をもたらす縁起物として誕生しました。
現在では、伝統的な達磨の製造はもちろん、新たなデザインへの挑戦もされているようです。

白河だるま絵付け

ここでは、みんなで達磨の絵付けも体験させて頂きました。その際に、だるまの歴史についても教えて頂くことができました。
達磨は、家族の健康や会社の繁栄、高校や大学の合格や選挙での当選など古来より人々が何かを願う際は必ず白河だるまがそばにあり、たえず人々の夢や希望を応援し続けてきました。白河だるまは幸運の象徴とされている「鶴亀松竹梅」が顔の中に描写されているのが最大の特徴。
そのデザインは、かの有名な絵師・谷文晁が行ったとされています。
また、日本には、願いごとをする際だるまの左目に目を入れ、成就したら右目を入れるという風習があります。
達磨の柄の由来や意味や、達磨を置く時の向きなど、日本人の感性や趣向の奥深さを改めて感じることが出来ました。

 

だるま絵付け体験

だるまの絵付け体験の後は、工場見学
製造工程は、大まかに分けて3工程あるようです。
1.溶かした材料を型に流し込む「整形」→2.表面を滑らかに研磨し、胡粉を塗る「下地」→3.着色し装飾を施す「絵付け

胡粉塗り

工場で働いているほとんどの方が女性でした。
女性スタッフの皆さんのスピーディーかつ丁寧な筆さばきで、どんどん商品が出来上がって行く様子に感動しました。

渡辺だるまさんは、オーダーメイドもしています。私たちが見学した時も、大変有名な大手企業やプロスポーツチームのオリジナル商品を作っている最中でした。
写真は掲載出来ませんが、「こんな達磨も作れるのか!」とすごく驚きました。やはり元気な会社は挑戦し続けているのだと実感しました。

達磨のオーダーメイド

 

・松永陶器店(白河)
次に訪問させて頂いたのは、大堀相馬焼を作っている松永陶器店さん。
大堀相馬焼とは、福島県双葉郡浪江町大字大堀一円で生産される焼物の総称です。 旧藩政時代には相馬焼と呼んでいましたが、国の伝統的工芸品指定以後は、産地名である「大堀」の名を入れた大堀相馬焼として広く知られています。
元禄年間に中村藩士の半谷休閑が大堀(浪江町大堀)で陶器を発見し、下男の左馬に命じて日用雑器を焼き始めたのがはじまり
中村城下の相馬駒焼は藩主相馬氏への献上品として親しまれたのに対して、この大堀相馬焼は民窯として長く親しまれてきました

大堀相馬焼 松永さん

この伝統を受け継ぐ松永陶器店3代目の松永さんは、東日本大震災で被災し、ここ白河に工房を移転されたそうです。
産地である浪江町が帰宅困難区域に指定され、25件の窯元が離散。現在では10社の窯元が再興し、県内外で作陶を続けているそうです。
一言では語り尽くせぬ程のご苦労がありながら、笑顔で迎えて頂いた松永ご夫婦に業界の現状をうかがうことが出来ました。
やはり、バブル崩壊後は、廃業する窯元も少なくなかったようです。
昔から続いていた技法の一子相伝による、新規参入の敷居の高さによる後継者不足。高齢化により市場の動きについていけず、売上は年々減ってくる。といった伝統工芸ではよく耳にする現状があったようです。そんな中、2011年3月11日東日本大震災が発生し、産地である浪江町は帰宅困難区域になります。現在は各窯元が福島、二本松、郡山、南相馬、会津、愛知、大分など県内外に再建しており、それぞれが新天地で浪江町の貴重なアイデンティティを残すために日々新しい作品を作りづつけています

「浪江町で取れる土と浪江町で取れる釉薬(ゆうやく)があったからこそ、大堀相馬焼の特徴である青ひびの地模様がしぜ刻み込まれる。浪江町だったからこそ出来た陶器なんだよ」
この言葉がすごく印象的で、伝統や文化の成り立ち、作り手の想いの根源について考えさせられました。
現在は、浪江町の土も釉薬も使うことが出来ないため、大学教授と土や釉薬の成分を分析し、材料を調合することで、以前と変わらぬ陶器を作ることが出来るようになったそうです。

とにかく、人情味のある素敵なご夫婦でした。
工場見学も終え、帰る間際にご主人からサプライズプレゼントをいただきました。
和紙を取り出し、筆おとり、さらさらっと何かを描いています。
最初は何を描いているのだろうと思ったのですが、出来上がってビックリ。

左馬のプレゼント。
左馬の意味は「右に出るものなし!」という力強いメッセージ。
今回の絵には二頭の馬が。
先を行く馬が、後ろの馬を気遣い振り返っている様子が描かれています。

唯一無二の左馬。その力強さの中に優しさを感じました
自分もこんな人間になりたい!と感動した今回の視察研修でした。

訪問させて頂いた、工房の皆様、本当にありがとうございました!

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