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【京屋のあゆみ file05】3代目から4代目へ

2019年10月23日

平成31年1月をもって、創業100年を迎えた京屋染物店。

初代の京都修行から始まり、皆様との出会いまでの100年の道のりをご紹介します。

 

4代目の蜂谷悠介(以下蜂谷)は、2010年に京屋染物店の社長に就任しました。

 

2009年の冬、3代目の蜂谷徹が突然の病に伏せました。病院に行くと、末期の膵臓癌と診断されました。余命は3か月。当時の蜂谷は、頭が真っ白になったそうです。

 

「自分は京屋の90年の歴史を継げるのか。全てを継ぐ覚悟ができていない。」

 

父の徹は残りの命を子供達にどう生きるかを示したいと、延命治療を断りました。病室や、一時帰宅した自宅で染屋の神様とも言われる愛染明王の仏像を作り続けました。家族みんなでそれを手伝い、最後は魂入れを行い、余命で完成させました。

 

そして、その日がやってきます。

徹は病室のベットの上で意識が朦朧とする中、

「悠介のことが一番心配だ。あいつには苦労かける。申し訳ない。」

そう言い残して、息を引き取りました。

 

京屋染物店 オリジナル 歴史 歩み 染め屋 半纏 手ぬぐい 浴衣

 

このことを後に聞かされ、蜂谷は「継ぐ覚悟」ができました。

 

「全てが不安だったけれども、父が残してくれた「人」に支えられた。」

 

3代目から言われた言葉で大切にしていることがあります。

 

一つは「ご縁を大切にする」ということ。

3代目からは、

「製造の効率を考えると大口を優先しがちになる。ご注文量にとらわれるな。見るべきは、お客様から頂いたご縁へのありがたさだ。感謝の気持ちを持たない者が感謝されることはない。」

と言われ続けてきました。

 

そしてもう一つ「どれだけ思いやれるか」ということ。

 

3代目と一緒に半纏を作るようになって暫くして、

大紋を描かせてもらえるようになった。

初めは描いたもの全て赤ペンで直された。

少しできるようになったと思うとまた直される。

1mm、2mmのハネの違いを直される

なんでそんなにケチをつけるのか。

「ただケチつけたいだけでしょ?」と言ったことがある。

 

3代目はこう答えた。

「昔の染め型は手彫り。追加ご注文の商品を染める度に型を作る。職人の腕が上がる度に型は微調整され、鍛えることができた。しかし、今は違う、一番最初に描いたモノがパソコンでデータ管理され、追加ご注文の際にも、初回と同じ型が出来上がる。ということは、一番最初に作った型がそのままずっと残ることになる。どういうことかわかるか?」と。

 

「その人のことを思いやり、最初にどれだけこだわれるかが大事になる。」

 

この3代目の二つの言葉は

現在の企業理念「和の追求」に生きている。

 

京屋染物店 オリジナル 歴史 歩み 染め屋 半纏 手ぬぐい 浴衣

 

 

4代目に就任後、試行錯誤の毎日を繰り返していた。

そして、忘れもしないあの日がやってきます。

 

 

2011年3月11日、東日本大震災が起こりました。

 

 

file06に続く

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